
研修の組み立て
順番は事例 → 手口を体験する → 明日から何を変えるかにしています。事例そのものは知っておく必要がありますが、事例を並べるだけの構成だと、攻撃側の進化になかなかついていけません。そこで、最終的に何を意識しておかなければならないのかまでを含めた組み立てにしています。扱った事案はいずれも公表・報道済みのものです。
前提の共有 ― 速度と件数
最初に速度の話をします。侵入から庁内の別の端末へ移り始めるまでの平均時間は29分、最速の記録は27秒。検知された攻撃の82%はマルウェアを使わず、正規のツールと正規のIDで入ってきます。攻撃側が機械の速度で動く一方、確かめる作業は人間の速度のままです。
「正規のツール」というのは、PowerShellやリモート管理ツールのように、業務のために入っていて、実際に使う必要があるものを指します。以前は、攻撃側の実行ファイルをダウンロードさせて動かさせる形が多かったので、そのファイルが降ってきた時点で検知できました。いまは、もともと入っているツールをそのまま使われるため、動作そのものを見ても攻撃かどうかの区別がつきません。検知が難しくなっているのは、この変化のためです。ツールを禁止するのではなく、誰がどの権限でそれを動かしているのかを見る、という考え方に切り替わってきています。

件数のほうは、警察庁への被害報告が年間200件前後で推移し、被害の過半は中小規模の組織です。IPA「情報セキュリティ10大脅威 2026」では1位のランサム攻撃と2位のサプライチェーン攻撃が4年連続で不動、AIの利用をめぐるサイバーリスクが初選出で3位に入りました。自治体に読み替えると、狙われやすいのは基幹系そのものより委託先・周辺システム・職員のIDのほうです。ランサムについては二重恐喝と、最初の1台から認証基盤・バックアップへ広がっていく経路もあわせて扱いました。

入口は4つ
以降の事例をどこに紐づけて見るかの枠として、入口を4種類に整理して先に共有します。
- メール・Web(人)
フィッシング、偽警告、なりすまし。職員自身に操作させる
- 委託先・取引先
委託先が破られる、あるいは内部不正が起きる
- 持ち込み媒体・端末
USB、私物端末、庁外への持ち出し
- 盗まれたID・鍵
正規の鍵で正面から入られる。警報は鳴らない

公表事例を4件
1件目は三重県のUSBメモリ庁内全数調査です。10,757本を調べて47本からマルウェアが検出され、37所属に分散、上長の許可がない私物も4本ありました。庁内での感染はゼロです。三重県が問題として挙げたのはルールの形骸化で、使用の都度ウイルスチェックをするという手順は決まっていたものの、毎回は実施されていませんでした。総務省が全自治体のUSB利用実態調査を実施したこともあり、各課の保有・利用状況を正確に答えられる状態かどうかも、あわせて確認していただきました。

2件目は浦添市です。ヘルプデスク委託会社の社員が、管理用パスワードを把握できる立場を使って業務用PC83台を持ち出し、転売していました。最初の盗難から発覚まで約半年。所在不明のPCの1台には115,526人分、全市民分の氏名・住所・本籍など23項目が入っていました。市が原因として挙げたのは、端末台帳の不備、受渡し・消去の手順がなかったこと、委託先への管理不足の3つです。ここでは、台帳と定期棚卸し、返却・修理前のデータ消去、委託先への権限の最小化、施錠と入退室記録を、規程ではなく手順として持っているかを確認しました。

3件目は、自庁が破られていないのに漏れるケースです。いま増えているのは、自治体そのものが攻撃されるより、委託先が起点になるパターンのほうです。印刷・封入・データ処理などの委託先がランサム被害に遭い、預けていた住民情報が流出します。対策として扱うのは契約と可視化で、セキュリティ要件と報告義務を契約に書く、預けるデータを最小限にする、委託先の権限と保管状況を可視化する、の3点です。あわせてSBOM(ソフトウェア部品表)にも触れました。業務システムがどんな部品でできているかの一覧があれば、新しい脆弱性が出たときに該当有無を即答できます。SBOMが対象にするのはソフトウェアの中身ですが、考え方は同じで、庁内にどんなシステムがあり、どんな製品を使っているのかが情報資産台帳として整理されていれば、脆弱性の情報が出たときに自団体に影響があるかどうかを判断できます。台帳の整備は、脆弱性管理の前提でもあります。

4件目は盗まれた正規のIDです。2025年、通販大手で入口になったのは多要素認証(MFA)のない1つのIDでした。正規のIDでログインされるため警報は鳴らず、社内でランサムウェアが展開され、約72万件の顧客情報が流出しています。同じ年、大手飲料メーカーではランサム感染で受注・出荷が止まり、再開まで約2か月かかりました。MFAを9割導入していても、残り1割の例外アカウントが入口になります。退職者・委託先・共用IDまでの棚卸しと、承認通知を送り続けて根負けを狙うMFA疲労攻撃への対応を扱いました。

出典:三重県「USBメモリの庁内調査結果について」(令和8年7月8日)/浦添市「業務用ノートパソコンの盗難及び盗難に伴う個人情報流出のおそれについて」(令和8年5月29日公表・7月10日追記)/各社公表資料および報道(2025年9〜11月)
いま引っかかりやすい手口
ここからは体験パートです。取り上げたのはClickFix(偽の人間確認)で、見慣れた「私はロボットではありません」の確認画面が出て、チェックを入れると「①Windowsキー+R ②Ctrl+V ③Enter」という手順が表示されます。あの画面が出ると「いつものやつだ」と思って、そのまま進めてしまうのが自然な行動です。進んだ先には本物によく似たページが用意されていて、そこで入力した業務上の情報やパスワードが抜き取られます。防御を技術で破るのではなく、本人の操作に化けさせるところが、この手口の特徴です。あわせてQRコード詐欺(クイッシング)、料金未納などのSMS詐欺、同じ名前の偽Wi-Fi、表示名を偽装した差出人も扱いました。共通する型は、公共を装う・急がせる・リンクを踏ませる、の3つです。

AIが文面を書くようになって誤字はなくなり、文脈も自然になりました。URLの大文字のIと小文字のlをすり替える1文字違いも目視では追えません。そこで研修では、見分ける訓練ではなく入口の側を決めておく形で組み立てています。
上の2つは、手口が何であっても効きます。メールやSMSに書かれた宛先をたどらず、自分がいつも使っている入口から入り直す。それだけで、宛先をすり替えるタイプの攻撃はほとんど回避できます。個別の手口を覚えるより、この共通の動きを庁内で当たり前にしておくほうが確実です。
AIをめぐるリスクは3方向で整理する
IPAの10大脅威にAIリスクが初選出された年です。研修では、①職員が入れすぎる・鵜呑みにする、②攻撃者がAIをだます(プロンプトインジェクション等)、③攻撃者がAIで攻撃を作る、の3方向に整理しました。①②は使い方のルール、③は確認の手順で備えます。③はAIを使っていない自治体にも降りかかります。

②の具体例としてプロンプトインジェクションを扱い、読む(要約)と送る(操作)を分ける、外部への送信は実行前に人が承認する、AIに渡す情報と権限を最小限にする、の3点を守り方として示しました。もう一つがシャドーAIで、個人契約の無料AIに住民情報や内部文書を入力されると、組織からは見えずログも残りません。ここでお伝えしたのは、学習に使われない契約・利用ログの記録・入力ルールをセットにした公認環境を先に用意する、という順番です。
明日から何を変えるか
ここまでの手口に共通しているのは、人を焦らせて自分の手で操作させるという一点です。そこで最後は、注意力に頼らない手順のほうを決めます。最初に置いたのが別経路確認(コールバック)で、振込先変更・支払い依頼・パスワード要求のメールが来たら、①受信 → ②立ち止まる(メール内のリンクや電話番号は使わない) → ③名刺・登録済みの電話番号など既知の連絡先で本人確認 → ④確認が取れてから対応、の順で進めます。個人の判断に委ねず業務ルールにし、急ぎの案件でも例外にしない運用まで含めて扱いました。

今日からやることは3つに絞りました。多要素認証をONにする、更新を先延ばししない、離席時は必ず画面ロック。あわせて、パスワードの使い回しをやめる、USB・私物端末をつながない、公衆Wi-Fiで業務をしない、生成AIに住民情報を入力しない、といった習慣も挙げています。

最後が報告です。あやしいと思ったとき、あるいはやってしまったときの初動は、①操作をやめる → ②通信を切る(LANを抜く・Wi-Fiオフ) → ③電源は切らない(手がかりが消える) → ④すぐ報告する、の順。「変な画面が出ました」の一言で構いませんし、確信がなくても報告していただく形にしています。
AIで攻撃が巧妙になったとはいえ、踏んでしまってから情報が抜かれるまでには、多少なりとも時間の幅があります。何をされたのか、どんな攻撃だったのかが分からなくても、「何か踏んでしまった」ことさえ伝われば、その時点で通信を止める、端末を隔離する、といった手が打てます。被害の範囲をそこで区切れる可能性があるので、すぐに伝えることに意味があります。
そのぶん、受け取る側の姿勢も研修で扱いました。管理職にも情報システム担当にもお願いしているのは、報告した人を責めない、怒らないという一点です。手口の側が信頼と日常動作を突いてくる以上、引っかかること自体は誰にでも起こります。報告が上がってくる職場をつくっておくことが、そのまま初動の速さになります。

おわりに
研修で扱ったのは、人の注意力に頼らない設計、規程で止めずに手順・可視化・点検まで回すこと、そして最後の層として職員が「気づく・止まる・伝える」を持つことの3点です。事案は毎年入れ替わり、AIまわりは半年で景色が変わるので、内容も都度組み替えています。ここに書いたことで間違っているところがあれば、コソッと教えていただけると助かります。
研修の内容でも、庁内のルールづくりでも、委託契約の書き方でも構いません。困っていることがあれば、軽い気持ちでご相談ください。
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